株の価値について、ちょっと考えてみました。
普通考えれば、株の価値とは、その銘柄である企業価値と一緒です。
では企業価値とは何でしょう?
一般的に言えば、企業価値とは次のようなものになると思います。
「その企業がもし競売にかけられる場合の落札価格」
・・・これはいわゆるバリュー投資と呼ばれる、ウォーレン・バフェットなどが推奨する考え方です。
任天堂という会社は1社しかないので、僕が100円で買いたい!といってももちろん売ってくれないでしょう。 では僕が無限大のお金を持っていたとして、100兆円で任天堂を買うか?といえば、明らかにそれに見合わないから買いません。
現在、任天堂は株価27000円とすると、全株で約3.8兆円となりますので、その金額が市場から与えられた任天堂の値段です。
では、それに2000億円も加えた4兆円で任天堂を買うことはできるでしょうか?
・・・たぶんできません。 何故でしょう?
たとえば、オークションで何かの出品があってもなかなか価格が動かないことがありますが、その中で誰かがいくらかで「買う!」という意思を表明した途端、価格がつりあがっていくことがあります。
つまり、オークションで今現在表示されている価格は、単なる途中経過であって、実際のその商品の価値では無いのです。
株式市場も含めたマーケットは、その様なオークションを半永久的に続けているようなものです。 しかも、オークションは値下がりはしませんが、マーケットは値下がりもします。 何故なら、オークションではその出品に対し「買い」しかありませんが、マーケットは「買い」と「売り」が共存して成り立っているからです。
先のバリュー投資とは、現在3.8兆円の任天堂の実際上妥当な価格を計算し、将来その値段に向かっていくことを信じて株を購入するものです。
この実際上妥当な価格とは、その会社の財務状況、経営の良質性、営業分野の市場成長性、競合他社との関係、、、など、実際にその会社を買収するときとほぼ同様の考え方で算出していると思います。
特徴的なのは、今時点の株価が「正しくない」と想定し、それが「正しい」価格に収斂していくと捉えることです。 そうでないと、バリュー投資とは言えないですから。
バフェットも、「もし市場が常に効率的であるならば、いまごろ私は物乞いをしているはずだ」と言っています。 もちろんバフェットは世界的な資産家であり、市場が常に効率的ではない、つまり、今時点の株価が常に正しくはないということは間違いないでしょう。
しかし、だからといって、バリュー投資で行う実際上妥当な価格の算出値が正しいか?といえば、これも常に正しいとは言えません。 誰も未来の起こることをすべて正しく見通すことができないし、未来に生まれる新しい技術を何年も前に把握することもできません。
だから、バリュー投資は、企業価値を見分ける上での一つの手法、一つの哲学であり、株価の変動動向を見ながら将来の動きを予想するテクニカル投資も、一つの手法、一つの哲学と思います。
つまり、正しい価格や正しい手法などは存在しないのです。
本当の未来は、未来になってみないとわからない。
では、正しい価格が分からないから、株や投資はバクチと同じでしょうか?
・・・ある意味、バクチと同じです。 失敗することもあるのですから。
ですが、人生そのものも、正しい人生なんて死ぬまでわかりません。
ですが、どうなるか分からない人生をやめるには、死ぬしかありません。
結局、株の価値とは、その企業の価値だけではなく、その株に興味を持っている人々、その株が上場しているマーケット全体、そのマーケットの存在する世界金融そのもの、世界金融の成り立つ世界そのもの、そして、その人自身の価値観。 そのようなものが全て含まれた形で株価を形成しています。 正しい価値などありません。
株や投資は、その人の得意な方法で、好きなようにやるのが一番だと。
今日、ふとした瞬間にそんなことを感じて、少し株というものの奥深さを実感してちょっとした高揚感を憶えたので、少し書き残そうと思いました。
それはそれとして、今週はマーケット全体が低迷しています。 今月は全体として低迷が続くと予想しています。
先週に信用売りした任天堂が予想通り値下がっており、幾分儲けがでています。
・・・本当は任天堂を売る行為はしたくないのですが、いまだ任天堂しかよくわからないので。。。
今年は、任天堂以外に得意な銘柄を作りたいと考えています。